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3 跳躍

作者: 鈴田在可
last update 公開日: 2026-02-27 12:44:49

 旅路では使用人が少なくなるために、着ていた一人でも脱ぎ着できる簡易的なドレスを脱ぎ捨てたフィオナは、コルセットと下着だけの姿になると、荷物の中からとある一つのトランクを引っ張り出してきた。

 そのトランクは水に浮くように作られていて、船旅でもし水難事故にあった際には、浮き輪代わりになるし、しかも中に水が入らないという完全防水仕様の優れものだ。

 フィオナはトランクの中に、動きやすそうな服と下着を瞬時に吟味して詰め替え、祖母から贈られた宝石類なども路銀にするために合わせて詰めた。

 そしてこ·の·先·に一番必要になるだろう、次兄フィリップの形見分けとしてフィオナが望んでもらった、三年前にフィリップが銃騎士隊養成学校に入校を希望した際に揃えた書類――長兄フレデリクが亡くなり家を継ぐ必要が出てきて結局書類が使われることはなかったが――を、皺にならないように書籍に挟むと、トランクは完全防水仕様だが一応濡れないようにと服にくるんでから、中に入れた。

 フィリップは亡くなってしまったが、実は死亡届はまだ出されていない。

 オルフェスの庶子認定は、祖父の遺言状などの証拠を精査し未だ進行中で成されていないが、もしもこの状態で、爵位を戻して継承可能なキャスリンが獣人に殺される等して死亡した場合、「キャンベル伯爵家は継ぐ者がいない」と判断されて「お家断絶」の可能性があるからだ。

 普通、爵位が継げると聞けば、可能性のある親戚が群がってきそうなものだが、最強最悪の『赤い悪魔』こと獣人王シドの居住地に最も近く、常に危険がつきまとうこの貴族領を継ぎたがる親戚は、誰もいない。

 実際に、祖父イーサン以降のキャンベル伯爵家の当主は、キ·ャ·ス·リ·ン·を·除·い·て·、皆シド率いる獣人たちに殺されてしまっている。

 ただ、手続きをすれば女のフィオナでも爵位は継げるのだが、そこにイチャモンをつけてきそうな男が約一名いるのだという。

 その男こそが、君主政ではなくて宗主制――国民の象徴として宗主という存在を置く制度――を敷くこの国の政治を、裏から一手に牛耳る影の君主ドン、宗主配クラウス・ローゼンである。

 キャスリンは獣人王シド対策として、国から多額の予算をガッポリと引っ張ってきているが、そのことを宗主配クラウスはよく思っておらず、キャスリンを筆頭に、キャンベル伯爵家はクラウスに嫌われているらしい。

 性悪クラウス(キャスリン談)がキャンベル家のピンチにつけ込んで、「フィオナは未成年だから」とか「女だから」とか何か理由をつけて、万が一潰しにかかってくる可能性も考えたキャスリンは、「オルフェスが庶子認定されるまではフィリップの死を隠す」という、とんでもない荒業に出た。

 だがその無茶により、現在、次兄フィリップは法律上はまだ生きている。

 つまり、書類の日付さえ誤魔化せば、近々行われる銃騎士養成学校入校試験の願書として、正式に提出できる。

 フィオナは兄の意思を継ぎ、男装して銃騎士になって、組織の力でシドを討とうと考えた。

 思いつきではなかった。長兄フレデリクが亡くなって、次兄フィリップが銃騎士になる夢を諦めてから、ならば自分がと、フィオナはずっと考えていた。

 銃騎士は男しかなれないが、それでも、だ。

 フィオナは準備の最後に、狙撃の名手であった次兄フィリップが愛用していた、形見の拳銃をトランクに詰めた後に、母と長兄フレデリクが使用していた形見の細剣レイピアをトランクの外側に紐でくくりつけてから、船室の窓を開けた。

 フィオナのいる部屋から海面まではそれなりの高さがあるが、一世一代の決意を固め、対外的にはお淑やかを装いつつも伯爵家の者たちからは「無鉄砲」と評されているフィオナは、怯まなかった。

 それでなくても、フィオナは貴族令嬢とは言え危険な場所に住んでいたので、有事の際には動けるようにとそれなりに鍛えていて、運動神経や体力には自信がある。この高さならいけるとフィオナは判断した。

(女は度胸よ!)

 フィオナはまず、トランクを先に海に投げ出した。

 バシャン! と海水が跳ねて音も立つが、航行中の船は打ち寄せる波を受けながら進んでいるため、その音に紛れて、部屋の外で待機中のダンたちも異変には気づいていない様子だ。

 狙い通りにトランクが海面に浮くのを確認したフィオナは、窓枠に足をかけた。

 フィオナの結い上げられた祖母譲りの灰色の髪が、陽の光に照らされて銀色に輝いている。

(おばあ様! 伯爵家のみんな! 本当にごめんなさい! 私やっぱりこのまま隣国へは行けないわ!)

 心の中で、祖母や、この後フィオナの出奔に気づいて慌てるだろう同行中の従者たちに特に詫びながら、フィオナは意を決し、船室から窓の外へと跳躍した。

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